「大丈夫だって」
「で、でも…」
同じような会話を繰り返すこと数分。
通りすがりの人は、微笑ましい…とでも思っているのか、足を止めることもなく通り過ぎていく。
…突っ込まれても困るんだけど。
「絶対大丈夫!」
「う…で、でも…」
「ぱっとやって、ぱっと下ろすから…ね?」
にっこり笑顔で言われたら、思わず頷きたくなってしまう…でも、そう簡単に頷けることではない。
「や、やっぱり恥ずかしいですっ!」
お姫様抱っこさせて…って、言われてすぐ頷けるわけないじゃんっ!
きっかけは些細なことだった。
一緒に観に行った映画の中で、主人公がヒロインを抱き上げるシーンがあった。
とても幻想的で、綺麗なシーンで思わず「いいなぁ…」と呟いた。
勿論、映画を見てる最中だったから本当に本っっ当に小さな声だったんだけど、それを火原先輩は聞き逃さなかったらしい。
映画を終わり、コンビニで買ったジュースを森林公園で飲みながら、お互い映画の感想を話していた時、先輩が「やってあげようか」と言い始めて現在に至る。
最初は好意だったのだろうけれど、今はもう何がなんだか分からなくなっている。
大抵勢いに乗った会話というのは、そういう風になりがちである。
しかも似たもの同士であれば、引き際なんて見えないも同然。
数分から十数分にも及んだ会話は、既に収拾がつかなくなってきていた。
「恥ずかしくないって!ほら、ちょこっとだし」
「ちょこっとでも恥ずかしいです!」
「ホント、ほんっとすぐ下ろすし」
「ちょっとでも、すぐでもダメですーっっ!!」
ぜぃぜぃと肩で息をしながらそう叫んだら、同じように肩で息をしていた先輩が…ほんの少し視線をそらして小さくため息をついた。
「…本当に、…ダメ?」
そ、そんな…捨てられた子犬のような、泣きそうな顔で見ないで下さい。
「おれ、ちゃんに喜んで貰いたいだけなんだ」
わ、わかります。
だ、だから…そんな風に、悲しげな顔で…俯かないで下さい。
「映画見てて、いいなって言ったきみがすっごくすっごく可愛くて…もし、おれがやってあげたら、その笑顔が近くで見れるかなって思ったら、どうしても…してあげたくて」
気持ちは嬉しいです。
すっごく、嬉しいです…いや、本当に。
「けど、やっぱ…迷惑、かな…」
あるはずのない、耳と尻尾が…垂れて見える。
「ごめんね、無理言って困らせちゃって………へへっ…」
無理して笑顔を作って微笑もうとしてくれる火原先輩の顔を見た瞬間、自分の中の誰かが白旗をあげた。
――― 敗北…
「…す、すぐ…下ろしてくれ、ます?」
ぽつりと呟いた声は、しおれていた草木のようになっていた先輩を一気に成長させるのには充分だったらしい。
ついさっきまで泣き出してしまいそうだった顔が、太陽のように晴れやかな笑顔に変わる。
「も、勿論っ!!」
あぁ…やっぱりあたし、先輩の笑顔が大好き。
この笑顔が見れるなら………多少の人目も、恥ずかしさもどんと来いっ!!
「じゃ、じゃあ…お願いします」
「任せて!」
「じゃあ、いっくよ〜」
少し屈んだ先輩の首に手を回すと、膝裏に腕が回される。
今日スカートじゃなくて良かった…なんて思った瞬間、体が宙に浮いた。
「ふきゃあっ」
「へへっ、どう、ちゃん?」
至近距離で満面の笑みを浮かべる先輩。
その反面、全体重を先輩に預け、不安定な状態でいるためか、どうしても顔が引きつる自分。
「あ、あれ?」
「………」
無言でしがみついてるあたしを見て、先輩が不思議そうな顔をしてる。
だ、だよね…嬉しそうな笑顔が見れると思ったのに、こんな顔して…ましてや、怖い…なんて思ってちゃダメだよね。
…けどさ!
なんか不安定で怖いんだよっ!!
でもでも、折角先輩がしてくれたんだし…引きつってようとなんだろうと、せめてお礼だけでも言わねば!
そう思って顔をあげた瞬間、頬に柔らかなものが触れた。
「……」
驚いてそのまま視線を火原先輩に向けると、空を染めている夕日みたいに真っ赤な顔していた。
「ご、ごめん。きみがあんまりにも可愛いから…」
「……先輩」
「い、嫌…だった…?」
「いっ、いいえっ!!」
ぶんぶんと音が出そうなほど首を振ると、その反動で先輩が僅かによろけた。
「っと」
「きゃっ!」
再びしがみついて、不安定な状態が落ち着くのを待つ。
もう大丈夫かな…と思った時、耳元に遠慮がちな…でも、大好きな人の声がしっかり聞こえた。
それに応えるよう、しがみついていた腕を少しだけ緩めて目を閉じる。
夕暮れの公園のど真ん中
まばらに人が通っているかもしれない…
――― 今度はちゃんと…キス、してもいい?
重ねられた唇は、いつもより少し熱く感じる。
まるで…照れて真っ赤に染まった先輩の熱が、そのまま触れたみたい。
そういえば……
映画のヒロインもお姫様抱っこのまま、キス…されてたっけ。
火原先輩は本当に癒されますね。
寧ろ書き手の心を浄化してくれるような気がします(笑)
…そう考えると、属性は似てるはずなのに、どんだけ穢れてるんでしょう…私。
相手が喜んでくれるだろう事は一生懸命頑張ってくれる気がします。
本当に嫌がる事はすぐにやめてくれるだろうしね。
そうじゃないと分かればそりゃもう全力で色々するのが火原先輩です。
アンコールのPVではネロオマ初の頬にキススチルで会場をどわっとわかせてくれたので…してみた(おいっ)